2013

 ☆彡 DAISUKE 彡☆ 

 

 

2011 3.11

東日本大震災

「一言で言えない」

宮城県気仙沼の記録

宮城県気仙沼市へ行ってきました。

 

気仙沼市は漁業で成り立っていた街で、主に鰹・秋刀魚・イカ・鮪漁が主で、それがあの地震と津波で、特に気仙沼の漁港は湾になっている為、津波でオイルタンクのオイルも火がついたまま湾内に流されて湾内は火の海に。

 

そうした中人は逃げ惑い、、、、、。

 

また写真に有ります被害は、主に秋刀魚の船があの津波の中回転し続け、湾内の建造物・民家他を片っ端から壊しそして漁業関係の全てまでも破損させてしまったらしいのです。

 

現在でこそ一部で漁業が再開していましたが、気仙沼市全体の機能は動かない、したがって市の皆さんの生活が凍り付いています。

 

     ● 気仙沼復興商店街

記載中!

私は皆さんの事を忘れません!

復興に向け頑張っておられます

宮城県気仙沼市の皆さんと私との

メールの架け橋

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10月25・26日の2日間の予定で 。

広島から東京の親愛なる友人達と共に東日本大震災・被災地域の「宮城県気仙沼」に行って参ります。

 

 震災の現場に行く事についてはこれまで何度か声を掛けて下さった方々もおられますが、本ホームページ内(東北地方太平洋沖巨大地震について)に記載しております理由等から、これまで一度も現地に行く事が出来ませんでした。

 

しかし今回は関東の親愛なる友人が、私の気持ちに理解をして下さり、そして新たにお誘いを下さいましたので、今回はその方々と一緒に気仙沼に行かせて頂く決心をさせて頂きました。

 

宮城県気仙沼の何処に行くか・どういった心と形で取り組むか等詳しはこれからになりますが、ギター一本でオリジナル曲「生きて~我が愛する人へ~」をお届けできたらと思っています。

 

テレビからの情報を見る限りでは未だ「がれき処理」~「被災者の生活の安定」も順調に進んでいない状況下で、ましてメジャー歌手でもない私が行って「歌がいったい何の役に立つのか」と自身大変不安で潰されそうですが。

 

自身の人生の目標は「音楽で人を幸せにする」です、その意味では声を掛けて下さった友人に感謝し、当日たとへ歌は歌えずともせめてこの目、この肌そして心で現地の方々の悲惨な現実に対する苦しみと頑張り、そしてその中から溢れ出るさまざまなメッセージを魂に刻み焼き付けながら、地域の皆さんと自身の「負けない」明日を探して来たいと思っています。

 

※私自身の幼い頃~社会人に成るまでは決して恵まれた環境下で育ったとは言えない状況下でしたので、特にあの大地震でご親族を亡くされた方、物資が無い、医療関係に行けない等で苦悩されておられる方々のお気持ちは決して解らないわけでは有りません。

 

しかし今回は想像以上に心が深く痛み傷つく旅に成ると思います。

幸いには一人ではないのでその分しっかりした気持ちでいられると思いますので、私を応援して下さいます皆様にはどうか安心して頂きまたご理解をして頂ければと思っています。

 

※当日宮城県気仙沼の皆さんには決してご迷惑をお掛けするつもりは有りません、またその時は宜しくお願い申し上げます。

 

                                   三和大介。

遠藤未希さん

東日本大震災と自分 

 

東北の震災以降本当に目を覆いたくなる大変な事が続いていますがそうした中、自分の力の無さに先ずぶちあたりそれから思い起こせば 自身も幼少の頃から身内を早くから亡くした経緯から起こる悲惨な暮らし等も重なり、折れそうなほど心が痛くなり。

また改めて人の命尊さや重みを見つめ、何も出来ない自分は先ず自身の事や周りの人や物事を見つめ直し、いったいこれからどうすればいいのかなどと考えていると いつしか自分の音楽すらやる気も出て来ない程「正直」 コメントも記載する気持ちには全くなれなくなっていました。

しかしそれでも身近な所からと、自身の改善策を探しながら頑張って暮らしていました、そしてある意味やっと吹っ切れたものが出来たと思い ご心配をして下さる方々にはどこかご理解をして頂けるかと以下を記載してみました。

所で皆さんの「生き様」って何ですか? 色々考えてみると行き着いた所は結局「自分の生き様」って何?と言う事です。 理想はやはり何事からも「逃げない」自分でいたい。 特に誰に言われた訳じゃなく、自分が決めて起こした事は自身に明確にし、 行動をし「続けて」行かなければならないという事。

勿論完璧に行かない所が常に自分への課題では有りますが 自分の格言の一つにある、「自分に嘘はつかない」はまして 男らしく生きたいのであれば言葉より行動はかなり重要かつ責任といった所でしょう。 しかしこの男ときたら動くまでかなりの時間がかかる。 考えその他自分が納得するまでの時間のかけ方と言ったら半端じゃない。 おまけにやっと決め、行動していても、自身の周りの一部からは 「脇が甘い」と助言されてしまう所も有ったりで、、。

それはそもそも考え方自体が「甘い」という事で、これでは何をやってもうまくは行かない、自分なりに真面目に一生懸命やっているつもりでいてもそれだけでは危険、、、。 結局自分の事なのにどこか他人任せにしてしまっていたり自分に無責任な所が多分に有るのかも知れないと言う事で、今後はそんな所からも脱却しなければならない。

やはり「生き様」はあくまで自身の一生を後悔をしない生きる様子であり。 結局は死に様から、また日々の過ごし方から見直しまた行動をして行く事から 初める事の方が重要で明確な自身の「生き様」になって来るのだと思う。 ではそこから見直し、改善し、そして実行して行こうと言う事で。

たとへ相変わらず失敗して誰かが笑おうが全く関係ない事として。 俺にとっての正しい今と明日への生き方は俺自身の中に眠っているだけ。 やるかやらないかだけ、ただ失敗をしている時間はもう自分には無いのかも知れない。

今回の震災がおこる以前、元々自身の今年の個人目標は自分と身の周りを 全て見直しという事で半年やって来て、これからやっと行動あるのみの段階になって来ましたが少しずつ始めてみる事にします。日本自体も見直しが死活問題として強く要請されていますが、自分にとっても全く他人事では有りません。

帰郷から直ぐに活躍をさせて頂いていたおかげで自分の見直しは全く出来ずじまいで有りましたが昨年5月1日からやはりいろんな方々にお世話になりながらでは有りましたが広島市内でこれまで準備の前の準備の事で先ず自分の生活から考え方や言動等を掘り下げて改善してやって来たつもりです。

本当に苦しい戦いが多かった分、先ず過去に感謝しながら新たなる気合と思いも込めて日々焦らず劣らず次の準備に入ろうと思っています、その後それをどう自分の音楽に絡めて行くかがこれからの課題でもあります。

いったいどういった考えとやり方でやって行くかは、いつかライブをさせて頂いた時にお見せできると思います。これから年末にかけて少しずつ確実に行動に移して行く事が、自身にとっても応援して下さるファンの方の為にもさらに震災で身が引き裂かれる思いの中、懸命に復興しようとされている被災された方々の為にもなるのではとそう信じ、心してって行きます。

●「被災された皆様方に現地に行ってギター一本で「オリジナル・ソング」 ♪生きて~我が愛する人へ~を歌わないのですか?

と言う問い合わせも数件頂いていますが、「私の楽曲で誰かの何かを救う事が出来るなら」それこそ自分が自分の道を決めた時の心の真実ですから、そうしたい気持ちは強く心に持ち続けております。

しかし直ぐ行動に移せない現実があります、だから今の所せめてこれからの広島市内での自分の生き様と音楽活動が今は重要で全て自分自身に掛かっていると、そう思っている所です。

※ 尚ご愛顧頂きました三和大介の「カラオケハウス」は今後のライブ活動準備もあり、勝手ながら休店させて頂いています、大変ご迷惑をお掛けしますがご理解の程宜しくお願い申し上げます。